December. 29th (Wed.) 1999     KISSDOLLS 1st Alive!

今池TOKUZO, Nagoya

KISSDOLLS #1

kannon Frehley(g.)/Shiro(g.)/Ko-chan(b.)/Pilompa(ds.)

FLAMING YOUTH

DEUCE

LET ME GO, ROCK'N ROLL

TAKE ME

LADIES ROOM

HOTTER THAN HELL

MAKIN' LOVE

FIREHOUSE

SHOCK ME

GOD OF THUNDER

NOTHIN' TO LOSE

SHOUT IT OUT LOUD

ROCK AND ROLL ALL NITE

 

DETROIT ROCK CITY

BETH

BLACK DIAMOND

1枚だけ現存する当時のフライヤー

KISSDOLLSの原点、1999年のファーストライヴである。

 

 

 

1996年から始まったメンバー探しは困難を極め、某KISS系(?)楽器店の店長氏をして

 

   「僕らがさんざん探したから
    もう東海地方には、KISSを本格的にやるような人はいないよ。」

 

とまで言わしめたほど、KISSトリビュートバンドの人材発掘的には惨状だったのだ。
実際その通りで、ファーストライヴの
ラインアップが確定するまでには、非常に苦労した。
雑誌 “ Player ” のメンバー募集ページを始め、KISS FAN CLUB会報のメンバー募集告知、
楽器店やレコード店での募集チラシ掲示、もちろん口コミなど… ありとあらゆる手を尽くした感がある。
募集チラシを貼ってもらおうと、飛び込みで入ったレコード店で、偶然にも“FIREHOUSE”が流れたときには、

感動して、思わず「運命だ!」とつぶやいてしまった、kannon Frehleyなのであった。
…もちろん、その店に貼ったチラシからのレスポンスは一切なかった。
 
が、しばらくすると、ポツポツと反応が来るようになり、そのうちの何人かと会うことに。
現在でもつながりを持っているかたもいらっしゃるのだが… 若干、言動がアヤシイおじさん、
30歳目前にして「プロ志向!」と明言する初心者、とにかくなんだかよく分からないアブナイ人まで、
実に多種多様な人物が、我々のところにやってきた。が、いずれもメンバーに迎えることはなかった。
ベーシスト探しの、長い旅であった。ジーン担当が見つからなかったのだ。

  
しかし、この時期の様々なドタバタは、実は現在につながっているのである。
初期にスタッフをお願いした “まりりん” 女史は、この時期にkannonと偶然に出会っているし、
現ステージスタッフの “ゲッターチェン”は、当時中古レコード店に貼られたメンバー募集チラシを見て

「おお〜!こんなことしている人たちがいるんだ!」と、強烈に記憶していると言う。

  

  

  

結局4人目のメンバー… ジーン担当は、静岡のKISSトリビュートバンド “ DEEP KISS ” 所属の
Ko-chanなる人物にお願いすることに。彼らのライヴを、静岡まで実際に見に行ったのだ。
彼がDOLLSのメンバーとしてステージに立つに至る経緯も、実はいろいろあるのだが、まあそこはいい。

とにもかくにもGod of Thunderの加護により、奇跡的にも4人のメンバーを揃えることができた。
KISSDOLLS オリジナルメンバーの誕生である。

 

立ち上げから初ライヴまでに実に3年を要したわけで… メンバー探し(と、リハーサル)が、

いかに大変だったかが、お分かりいただけるであろう。

 

 

 

 

 

“初ライヴがワンマン”という、あまりにも無謀なキックオフであったが、なんと会場は大入り満員!

我々にも集客の予想がつかず、ライヴバーの通常営業のテーブル席のままだったので、入りきれなくて、

お帰りになったお客様もいらしたらしい(本当に申し訳なかった!)。我々の想像以上の集客だったのだ。
1999年時点で、ここ東海地方にはそういったバンドがいなかったらしく、近隣のKISS ARMYが、

ここぞとばかりに集った形となったのだろう。今は無き “KISS メーリングリスト” なるものが、集客に威力を
発揮したようにも記憶している。

KISSDOLLSは全国的に見ると、KISSトリビュートバンドとして、かなり後発だという認識だった。
それだけに「カッコだけでなく、普通のロックバンドとして成立させよう!」と燃えていた。

 

 

フライヤー画像をご覧いただくとお分かりだろうが、現在使っているDOLLSのロゴマークは

ファーストライヴの時点では存在していない。フライヤーの製作方法も付け焼き刃度が甚だしい。
やっとパソコンを触り始めたばかりのkannonが、当時わけもわからず、サイト製作ソフトで無理矢理に作って

自宅でせっせとプリントアウトしたものである。

 

 

 

 

ちなみに… DOLLSの現ステージスタッフの “ 親方 ” こと、中村正太と

後にDOLLSに加入することになる、ぽぅるふじた( 当時Double Platinum )も、客席にいたようである。